まるで何事もなかったかのようにいなくならないで
068:人知れず消えていく、それはまるで吐息のよう
日本という国はブリタニアに戦争で敗けて、それを認められない者たちがレジスタンスや反政府団体として活動している。藤堂鏡志朗は自分が旗印にされていることも資金援助の出汁にされていることも気づいていたが否定も肯定もしない。戦う事しか知らぬ体だと思う。剣戟や白兵戦やある程度の規模の軍事作戦とその実行。機微には疎いし気持ちを汲んでやることも苦手だ。腹芸と極秘作戦は違う。百のために十を殺し、千のために百を殺す、そういうことをする立場にいると判っているつもりだった。だから部下を逃がすために捕まった。組織としての解放戦線はほとんど瓦解していたから部下である四聖剣の面々には立ち位置こそ変わっても生きていてほしかった。上官も亡くし暴走する同僚も止められなかった。ならばせめて藤堂の直属として動いてくれたもののためになるなら散っても良いと思った。年少も女性もいる。まだあいつらには先がある、と独り言ちる。藤堂自身が下手に旗印になっていたから解放戦線を捨てられなかったかもしれぬと思えば詫びるしかない。独房で茫洋とそんなことを思う。特に――
卜部巧雪
男名にしては雅な名を持つ痩躯を思い出す。あれには生きて欲しいと思う。治安や情勢の安定しない場所へ繰り出しては情報やら食料やらを持ち帰ってきた。そこが死に場所なら喜んで死にますよ。手加減なしの平手打ちを食わせたが卜部は撤回しなかった。それどころか藤堂こそ自分自身を粗雑に扱いすぎると説教を垂れた。
一方的な軍事裁判と手続きを経て藤堂の処刑が決まって、警備兵の銃口が藤堂に据えられた。奪われる前に殺せとさ。その言葉から何事か事態の変動があったかと推測しかけてこれから黄泉へ行こうというモノが何をとおかしかった。直後に崩れた壁と現れた仮面の男。一喝されて説得された。かなり手厳しい説得だったが藤堂は応じた。耳が痛い事ばかりだな。自分用の戦闘機まで用意されていて仮面の男がうそぶいた。お前の助命嘆願のために頭を下げた部下を大事にすることだな。もっとも、こちらとしてもお前たちを引き抜くつもりではいたがな。世辞でも礼を言おう。拘束衣のままだったが腕が自由になればたいして変わらないとそのまま戦闘機へ飛び乗る。自分の代わりのつもりで逃がした面子は欠けもない事に安堵した。かけられる声に返事をしながら卜部の姿も確認した。四聖剣は面子を欠けさせることなく藤堂のもとへ戻ってきた。
のちにブラックリベリオンと呼ばれる内乱で再度虜囚となった藤堂は捕縛された顔ぶれの中に卜部がいないことに安堵した。藤堂を慕いながらも面と向かって意見を戦わせる気概のあるものだ。オレは自分の死に場所くらい自分で選ぶ、だからあんたは生きてくださいよ。そんなことを言うから。作戦の際に別動隊を任せた。けれどそれが功を奏した。
生きてさえいれば
けれど藤堂が囚われの身から解放されたときに卜部はいなかった。事情を話してくれた紅い髪の少女の言葉が抉る。それでも。そうか、立派に逝ったかとそんな言葉しか出てこなくて。身体の一部に欠けが生じたような気持ちになった。
そこはお前の納得のいく死に場所だったか
灰蒼の双眸の揺らぐ水面は瞬くとこぼれてしまいそうで藤堂は天を仰いだ。
《了》